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2007年9月 アーカイブ

2007年9月 6日

代理によるお為ごかし症候群?

代理によるミュンヒハウゼン(ミュンセハウゼン)症候群(Munchausen syndrome)という病気がある。

ミュンヒハウゼン症候群とは、自分に周囲の関心を引き寄せるために虚偽の話をしたり、自らの体を傷付けたり、病気を装ったりする症例の事(Wikipedia)である。このミュンヒハウゼン症候群のなかでも、自らの体を傷つけるのではなくて、他人(おもに子どもや親、配偶者など)の体を傷つけることで同じ効果を狙うのが、「代理によるミュンヒハウゼン症候群」と呼ばれている。

こういった事例には私は当たったことはないし、来てほしくもないし、たとえ来てもらっても対応がいだが、似たようなことを感じることはある。「代理によるお為ごかし症候群」である。

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2007年9月 9日

「命の値段」を支える仕組み

残念ながら、人の命はお金に置き換えることができる。「人の命に値段は付けられない」という建前とは別に、現実には値段がある。それが市場主義が行きつく先だ(市場原理主義)。

身近なところでは、自分の過失で相手が指を失ったらいくら、足一本ならいくら、死んだらいくらと、相場が決まっている。
高い生命保険に加入して自分の「値段」をあげる人もいる。

そしてまた、そうやってつけた自分の値段と引き換えに命を売り渡す人もいる。会社や家族、場合によってはマイホームを守るために、保険金目当てで自殺してしまう人がいる。発展途上国では、お金に困って臓器を売るのも珍しくない。臓器も命もみんな商品だ。それは個人レベルの涙ぐましくも痛ましい事例だが、国家レベルでも同じことはある。

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2007年9月29日

自殺しない教育を

いじめなどで子どもが自殺すると、ワイドショーを筆頭とするマスコミは、「学校の管理はどうなっていたのか」、などと騒ぎ立てる。「いじめはなかったのか?」「学校側の管理に手落ちはなかったのか」等々。


大変残念なことだが、世の中にいじめは存在する。もちろん、いじめが容認されるわけではないが、現実にいじめがあることを前提としない対策は机上の空論だろう。

わけしりのコメンテーターがいう「命の重みを教える教育をしなければならない」

私はこんなのはナンセンスだと思う。

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動作法

臨床動作法という心理療法がある。傍目には、整体とあまり区別がつかないのではないかと思うような「心理療法」で、数少ない日本オリジナルの心理療法だ。

やることと言えば、肩をあげたり、肩をそらしたり・・・体をつかう。体操ではないので、元気にやるわけではないし、ストレッチでもない。副作用(?)として肩こりが治ったりする。

今のところ、私は施行できるほどの技量はなく、たんに興味でたまに習っている程度だ。
何が面白いかというと、体と心のつながりを実感できることだ。
というのは、なぜ肩をあげるなどの体の動きが、「心理療法」になるのかという根本的な点が面白い。

動作法の論理は、簡単に言うと、心の動かし方の様式と、体の動かし方の様式は、その人ごとに一致している。だから、体の動かし方の様式を変えれば、心の動かし方の様式も変わる、と。

そんな馬鹿な、と考えるのは「心理療法」というものをあまり知らない人だろう。

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管理責任

世の中全般に「管理責任」を非常に強く求める社会になっているような感じがする。

いまから10年以上前のことだが、私の母校(私立高校)のサイクリング同好会が事実上お取り潰しになった。現役とOBを集めて顧問はいった。「お前たちは生きていても社会の迷惑になるだけで何の価値もないが、死ぬと億単位の価値が生まれるんだ。昔の親は本人がやりたくてやったことだからと(事故死しても)許してくれたが、今の親は許してくれない。億単位の賠償金を払ったら学校が潰れてしまうんだ」と。さびしいことだが、同意せざるを得ないことだった。

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