ガソリンが200円を越えたら

2008年1月10日

先日テレビを見ていたら、北欧のどこかの国ではガソリンが既に1リットル220円ぐらいだとか。
日本も、ずっと90円ぐらいだったのが、今や150円前後。大変な値上がりといえばいえる。
しかし、本当にこれは大問題なのだろうか?

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中学生の頃、夕刊の新聞配達のアルバイトをしていた。その通り道にガソリンスタンドがあって、いつも値段をみていた。確か、一番高かったときは、180円ぐらいだったように記憶している。そう、石油危機のときだ。第2次石油ショックだったと思う。あのときの180円と今の150円。どう考えてもあのときの180円の方が厳しい。経済力だって、あの頃の方が弱かった。それ以後、燃費のよい車が脚光を浴びた。。。。。にもかかわらず、しばらくしたらそれを忘れて、燃費の悪い大型車がはやった。バブルだった。

人は、残念ながら自分の財布事情でしか節制ができない。そして、記憶は長続きしない。

アメリカはもっとひどい。以前、日本よりも遥かに安いガソリン税を5セント値上げすることができないということを聞いたことがある。なぜなら、それで生活が立ち行かなくなる人がいるからだという。しかし、今回のガソリン値上げは5セントどころの話ではない。要するに値上げすればできたはずだ。こうなると、アメリカ人までプリウスを買う。結局自分の財布次第なのだろう。

環境のためには、エネルギーは高い方がよい。

しかし、次の問題は、財布事情がものをいうとしたら、国民が平均的な経済力なら、若干の値上げでかなりのエネルギーの消費抑制が図れるはずだ。しかし、世の中は二極化に向かっている。
金持ちにとっては、エネルギー代なんか対した問題ではないから、節約のモチベーションはわかない。
生活に困窮する人たちは、エネルギーを節約するための投資が困難だ。
こうなると、エネルギーを節約するのは非常に困難な社会構造になる。
アメリカがまさにそうなのだろう。大金持ちはダックスフンドのようなリムジンに乗り、自家用ジェットに乗り、石油を大量消費し、かたや既に国民の何割かを占める低所得者層は、酷暑の中クーラーの電気代を節約して熱死したりする。

節度のある世の中になることはあるのだろうか。

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2008年1月10日 14:16に投稿されたエントリーのページです。

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