自殺しない教育を

2007年9月29日

いじめなどで子どもが自殺すると、ワイドショーを筆頭とするマスコミは、「学校の管理はどうなっていたのか」、などと騒ぎ立てる。「いじめはなかったのか?」「学校側の管理に手落ちはなかったのか」等々。


大変残念なことだが、世の中にいじめは存在する。もちろん、いじめが容認されるわけではないが、現実にいじめがあることを前提としない対策は机上の空論だろう。

わけしりのコメンテーターがいう「命の重みを教える教育をしなければならない」

私はこんなのはナンセンスだと思う。

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命の重みを知ったら、自殺を思いとどまるとでも思っているのだろうか。私には、そんなのは、自殺を他人事として考えている人間のたわごとのようにしか思えない。

命を軽く見る傾向があるのは事実だろう。しかし、命の重み(そもそもこれがどういうことなのかよくわからないが)を教えたら、自殺しなくなるというのはあまりに短絡的な考えだ。

自殺をしそうなクライアントさんにカウンセラーがこんなことをしたら、大変なことになる。必要なことは、まずは、死なないことを教える教育だ。

「なぜ死んではいけないか」を教えても、危機状況の時は役に立たない。危機のときにはそんなに思考が適切に働かない。だから、必要なのは、「死ぬべきではない」と問答無用で教えることだ。別にスパルタで教えるということではない。授業の初めに「起立・礼・着席」とするように、体に覚えこませることだ。そしてそのことを守る(自分自身との)契約をすることだ。

そしてその次に必要なのが「どうやって生き延びるかを考える」という方向づけとその智慧だ。

その順番を間違えてはいけない。「いじめに対処するにはこんな方法があるよ、こんなところで相談できるよ」から入ってはだめなのだ。現代の日本は、理性に訴えるのみが正しいことだと錯覚してしまっているように思える(理性を重視する西洋人は、神も信じている)。そうではなくて、「人は死んではいけない」など、最低限教えるべき価値観というものがある。


まあ、もっとも、あまりにも主観的な価値観をTVで吹聴するタレント(?)に人気があったりするのは、その反動だと思うのは、うがちすぎだろうか。

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2007年9月29日 10:11に投稿されたエントリーのページです。

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