何故、自殺してはいけないのか?

2007年2月18日

という問いに、どう答えますか?
私も、ずっとこれは頭の中にあったのですが、なかなかすっきりしませんでした。
それは、個人の自由?
今まで、私がカウンセラーとして答えてきたのは、
「だめ、理由はわからない」
でした。
昨日、最相葉月さんの『いのち』という本を読んでいて、「自己決定権」という言葉が妙に気になりました。じつは、この言葉は不妊カウンセラーがらみの活動をしているときにも、ある先生が口にされた言葉でもあります。自己決定権に関する思いは稿を改めようと思いますが、ぱっとひらめいたことは。。。

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「この壁に張り紙するな、という張り紙」というのは論理学上の問題です。その張り紙自体を、張り紙の言明の内容に含めるとおかしなことになります。たしか論理学ではこれを何とかのパラドックス、といったはずです。
それをどう理解するか。この壁に張り紙するな、という張り紙に、自分自身は含まれない、という原理?公理?ルール?を立てるのです。

同じことだ!とひらめいたわけです。
自分の命によって言明されることは、自分自身を含むことができない。
もっと言えば、自分の命は、自分のものではない。なぜなら、自分の命によって得られている認識<自分>が、自分の所有にある、というのは論理的におかしいわけです。


じゃあ、自分の命は誰のものか?それは別の問題です。
それについては、また考えが進んだらUPします。

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2007年2月18日 10:09に投稿されたエントリーのページです。

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