最近、とみにそう思います。
本当に「自分の人生を生きる」というのは、大変なことです。世の中の規範に盲従したり、どうしたらほめられるかという観点で生き方を決めていれば、起こった結果については、ある意味「仕方ない」と諦めることができます。それは結果を自分以外のものに責任転嫁しています。
「自分の人生を生きよう」と決心すると、判断基準は自分だけです。もちろん、「判断基準は自分」というのは、わがまま勝手に生きるというようなことではありません。他人がどうしているか、多くの人はどうするのかではなくて、自分「は」何を望むのかを自らに問い、それを実現するために自ら考え、行動し、その結果を引き受ける必要があります。
全て自分の責任です。責任というのは、うまくいかなかったときに悪者探しをすることではありません。
誰々のせい、とか状況が悪かった、というようなことは責任転嫁ですし、「自分が悪かった」とうそぶくのも自分に責任を取っていることとは違います。
自分に責任を持つというのは、その結果に対して自分が感じることを、正面から味わう、ということに尽きます。
うまくいかなかったことが悲しければ、100%悲しむ。
傷ついたのなら、それを体験し、自分のために行動する。
幸せなら、それを体験する。
命がけというのは、自分を見つめてそれが人とは違うということに気づいたときや、自分が望むことを実現しようとしたときの不安は、主観的には「生きるか死ぬか」というほどの強さ・迫力で迫ってくるからです。
自分の人生の責任を引き受けた人だけに、自分の人生を生きたという幸せを体験することができます。
それはデジタルな1、0の世界ではありません。一段、自分の人生を生きるようになったとき、人生が、一段深くなったと感じ、生きていて良かったとより深いところで感じる、そんな一瞬があるように思います。