確かなこと

2007年4月20日

世の中に、確かなこと、ってあるのでしょうか?
私は、20代ずっとそれを探し続けていたように思います。

いくら考えても、見つからない、わからない、そうした日々の中で悶々としていたように思います。どんな確かそうなことも、根っこを掘り下げていくと、結局確かではないのです。

法律は人が決めたこと、時代によって変わる
お金は人が信じていること、状況によって変わる
価値観、考え方は変わる

よって、これらから派生しているものは全て確かでない。なんだか、デカルトみたいです。

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勢いあまって、哲学科に行ってもっとわけわからなくなりました。
私の考えは全て私の認識です。哲学には認識論という分野があって、人はどう認識をするかということを延々と議論をしてきています。私の目の前にあるPC、これを認識しているがそもそも存在しているかどうかは認識とは別だとか、なぜ机を机と認識できるのかとか、考え出すとわけがわからない議論ばかりです。

その中でも特に、影響を受けたのは、人間の認識の特長が、メタ認知、つまり、自分がどう認識しているかを認識できる、ということです。これを前提にすると、認識が無限後退します。認識している自分を認識している自分がいて、その自分を認識している自分がいる・・・・となっていき、「自分」の認識を確定できない、ということになります。

そうして結局私がたどり着いた結論は、(自分にとって)確かなものは自分の心以外にない、ということでした。

『自分にとって』がキーワードです。客観的に確かなものは、世の中に存在せず、自分の主観に全面的に依拠して初めて、確かなものが見えた、という感じがします。

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2007年4月20日 19:22に投稿されたエントリーのページです。

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