もしも、ディナーに招待できるとしたら・・・

2007年4月19日

誰を招待しますか?そして何を話したいですか?

研修のために行ったアメリカで、そんなゲームをしました。
私が答えたのは、ハベル元チェコ大統領。

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彼は、民主化される前のチェコスロバキアでずっと反政府運動をしていました。おかげで牢獄に出たり入ったり(というよりも、ほとんど牢獄暮らしというほうが適切かもしれません)。

今も残っているかどうかわかりませんが、プラハの旧市街にハベルさんが監禁されていた部屋を含む建物がホテルになっていて、希望すれば泊まれました。私が行ったときは、どなたかが泊まっていたので、ドアの外から見学するだけでしたが。

私が聞きたいのは、反政府活動のモチベーションがどっから来きたのか、です。89年にベルリンの壁が崩れて、チェコスロバキアにも革命の波が押し寄せ、ビロード革命がなしえたからこそ、彼は自由の身になり、大統領にまでなりましたが、それがなければ彼の人生はほとんど牢獄の中ですごすことになったでしょう。反政府活動をする時に、そのリスクを考えていないはずはありません。

ではなぜ?そんなリスクを犯してまで(実際に投獄されながらも)反政府活動を続けられたのか?
彼は、自分の人生をどう捉えていたのか?

それと、68年の「プラハの春」で命を落とした人たちにとって、彼らの人生はなんだったのか?何故そんなことができたのか?

その2つが、私が本当に人生について考えるきっかけになったことでした。衣食足りて安全で豊かな生活ができる、ということ以上に価値あることの存在を突きつけられた感じがして長らく私は混乱していました。今、私はそういう感覚がわかる気がします。自分もそういう風に生きたいと思いますし、ほんのちょっとはできる気がします。

残念ながら命を落とされた方々に聞くことはできませんから、ぜひともハベルさんに、「自分が生きるってことは、これ以外にないっていう体験だったのですか?」と聞いてみたいと思ったのです。そして、もうちょっとその話を伺ってみたいと思ったのでした。

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2007年4月19日 00:55に投稿されたエントリーのページです。

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